「瞑想とは、何か新しい、といったものではない。人は瞑想とともに、この世界に生まれて来た。
思考とは、その後、付け足されたものだ、
瞑想は自己の本性だ。それはあなたの本性
、あなたの存在、そのものなのだ。だから、
瞑想がどうしてむずかしいことがありえよう」
-OSHO-

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〜ふたつの道がある。ひとつは、完全に気づいているようになること〜
何であれ起っていることは、単なる客観的対象となり、あなたは完全にそれらから離れた観照者になる。
もう一つは、観照者がまったく存在しないほどに、完全に巻き込まれることだ。あなたは、何であれ起
こっていることそのものになる。もしあなたが踊っているのなら、あなたは踊りそのものになる。
それを、観照する者はいない。そして、それらはどちらも同じところに導く。なぜなら、内側深くにある
事実は、あなたが没入するか、気づいたままでいるかではないからだ。事実は、全一であるということだ〜

全一に没入するか。全一に気づいているかだ。どちらの場合も、あなたが全一であるという条件を満たす。
だから、それらを反対のことだと考えてはいけない。〜OSHO〜